たまにはエッセイ①「冬の除雪の話~高倉健似の除雪オペレーター~」

エッセイ

北国の人間にとって冬の除雪は切実な問題です。一晩で家を覆い尽くすような雪が降った日などは、早く除雪しないと命に関わる事故さえ起きかねません。

建設会社は除雪業者へと早変わりし、冬の間は除雪作業に追われます。降り積もった雪をタイヤショベルで払いながら道を広げる作業姿は圧巻で、私達雪国に住む者にとって彼らは救世主のような存在といっても過言ではありません。

かつて建設会社に勤めていた私の夫は多くの除雪オペレーターに出会ってきました。私が聞いた除雪オペレーターの思い出話の中で、特に印象深く笑ってしまった話があります。

今回は夫から聞いたその思い出話を、語り口調そのままでご紹介しましょう。

彼は高倉健似の渋い風貌で、とても無口なオペレーターだった。でも、建設機械の扱いはたいしたもので、どんな作業も完ぺきにこなした。

その腕前は除雪に関しても例外じゃなくて、大きなタイヤショベルで住宅の壁すれすれの場所から雪をさらう技術は、いつも唸ってしまうくらい完璧だった。

除雪に慣れている作業員でも、建物のすぐそばの雪をタイヤショベルでかく作業は非常に困難なことなんだ。下手な奴がやると住宅や壁を傷つけるからね。だからどうしても少しの雪が取り残される。

けれど、彼──まあ、めんどくさいからとりあえず「健さん」と呼ぼうか──が、除雪をした場所はほとんど雪が残らない。まさに神業といえる作業であたりの雪をすべて除けてしまうので、除雪後の道路の美しさが段違いだったよ。だから健さんが除雪を行った場所は、いつもひと目でわかった。

大雪の日には本当にありがたいヒーローのような存在だったね。そんな健さんのことで忘れられないエピソードがある。

雪が降り続いたある日のこと、うちの建設会社の駐車場に、社員のではない見たこともない車が停まってたんだ。どうやら近くのアパートに住む若い男性が無断駐車をしたらしい。

健さんがそれこそパーフェクトに除雪した次の日のことで、広々ときれいになった駐車場にその車は図々しく停められていた。

困ったやつがいるな、車の持ち主が来たら注意しようと、会社の窓から駐車場の様子を伺っていたんだ。そうしたらそこに健さんが現れた。健さんは無断駐車した車をジッと見つめながら苦い顔をしている。

どうするんだろう。

腹立ちまぎれに車を蹴とばすようなタイプでないのはわかっていたけど、気になったからその光景を見守っていたんだ。

すると彼はおもむろにタイヤショベルに乗り、あたりの雪をかき集め始めた。

(え?なにをするんだ?)

健さんはかき集めた雪を無断駐車した車のまわりに、器用にどんどん積み上げていく。その素早さと正確さと来たらロボットのようで、無断駐車はあっという間に四方を雪の壁で囲われ見えなくなった。つまり雪の檻に閉じ込められたってわけさ。

あっけにとられるほど見事としか言いようがなくて、思わず拍手してたよ。

やがて現れた無断駐車男が、その光景をみて呆然と立ち尽くしていたことは言うまでもないね。

それから無断駐車男はスコップを持った友人を数人引き連れて来て、泣きそうな表情で必死に雪の防壁を壊していた。なにせタイヤショベルで積み上げた雪の塊だからね。人力で崩すのは至難の業さ。

やっと車体が現れたときには、精も根も尽き果てたようにグッタリとしゃがみ込み、その後友人たちと車に乗り込んで、ヨレヨレと去っていったよ。

申し訳ないけど、その姿を見て笑いをこらえることができなかった。無断駐車の代償としてはずいぶんと高くついたな、と多少は同情したけどね。

健さんとはその後現場が別になったので、ほとんど会うことはなくなった。健さんの華麗なタイヤショベル技術を間近に見ることができなくなったのは、単純に残念だったな。

けれど冬になって完璧すぎる除雪現場や道路を見かけると、「これ健さんがやったのかもしれないな」と、今でも思うよ。

除雪時期になると思い出す懐かしい建設会社員時代の思い出のひとつだね。

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